いかにロシアがウクライナの医療システムを破壊しているか

Share this...
Facebook
Twitter

戦時下の規則を遵守しつつ戦うという考えは、ロシアの戦略にはなく、それは全面侵攻の最初の数日間ですでに明らかとなっています。民間インフラや住宅に対して繰り返し行われる攻撃、民間人に対するテロ行為、人道危機の人為的な創出は、決して偶然ではなく、テロ国家のよく計算された措置なのです。

ウクライナ医療センター(UHC)の広報プロジェクトコーディネーターであるマリーヤ・クラウチェンコは、全面戦争の1年間でロシア軍がいかにウクライナの医療システムを破壊してきたかについて説明しています。これまでに医療施設全体の破壊、個々の病院に対する砲撃、医師の殺害、機器の盗難、医療危機の誘発が行われました。

ウクライナの医療機関やその職員を標的とした攻撃は、ロシアの戦争戦略の一つです。医療インフラ施設に対するロシア軍の計画的かつ意図的な攻撃は、彼らの残酷さと可能な限り多くのウクライナ人を殺害し抵抗を続ける人々の士気を低下させようという願望をたびたび表しています。ロシアは医療施設を砲撃することで、人々の安全意識における最後の砦を奪っています。医療施設は常に支援が提供されるべき場所であり、また安全であるべきだからです。

全面戦争開始以降の11か月の間、UHCのチームは250以上の医療施設に対する攻撃、多数の国際法違反、そして刑事訴訟の基盤となりうる複数のケースを記録しています。

ウクライナ医療センター(UHC)
2021年3月に設立されたウクライナの独立系シンクタンク

破壊ではなく保護すべきもの

ウクライナの病院は、戦闘の最中にも、民間人への医療を絶え間なく提供すべく運営を続けています。戦時中の医療施設の機能については、国際的な議定書や憲章に定められています。これらの文書は、公共の安全の場所としての医療施設に対する特別な保護を保証しています。医療施設に対するいかなる意図的な攻撃も、戦争犯罪に該当する可能性があります。

国際人道法(IHL)は、戦争の被害者の保護を規定し、武力紛争の方法と手段を制限する一連の規則と原則です。国際人道法の主要部分は、1949年のジュネーヴ諸条約に含まれており、世界のすべての国によって採択されています。赤十字国際委員会(ICRC)は、これらの条約を前世紀における人類の成し遂げた最も重要な成果の一つであるとしています

ジュネーヴ諸条約
戦時中の人道的処遇のルールを国際法に明記した多国間条約。現在4つの条約がある(最初の条約は1864年に締結された。)

1997年と2005年に追加されたジュネーヴ条約の追加議定書においても、戦争当事者は戦闘中において民間人を保護するために最大限の努力を払わなければならないという基本的なルールに変わりはありません。国際人道法によれば、医療施設(病院及びその医療従事者)は特別な保護の対象となります。紛争中また戦争中においては保護された領域とみなされ、軍隊は医療施設と医療従事者を危険にさらさないよう、最大限の努力をしなければなりません。

特に、1949年のジュネーヴ諸条約第18条には、次のように記されています
「傷者、病者、虚弱者及び妊産婦を看護するために設けられる文民病院は、いかなる場合にも、攻撃してはならず、常に紛争当事国の尊重及び保護を受けるものとする。」

また、ジュネーヴ諸条約では、医療施設の業務を妨害すること、医療施設を本来の目的以外に使用すること、医療施設を人間の盾とすることを禁止しています。ロシアはジュネーヴ諸条約を批准しており、また国連安全保障理事会の理事国として、とりわけ医療インフラに関する条約の遵守を追加で義務付けている2016年5月3日の決議第2286号を承認しています。

しかし、これによりロシア軍の残忍さが止まることはありません。彼らがウクライナで行っており、また以前他の国々でも「実施」してきた攻撃は戦争犯罪であり、これらの戦争犯罪については未だ誰も罰せられていません。

病院を破壊することは、ロシア軍の常套手段である

2022年2月24日以降、ウクライナの医療に起きていることは、決して特異な話ではありません。すでに他の国々でも、ロシアが関与した他の戦争において起こってきたことです。

シリア内戦(2011年~)において、ロシア軍とシリア政府軍は、シリア政府の支配下にない地域の病院や医療施設の破壊を目的とした作戦を開始しました。軍事アナリストのトム・クーパーによると、2015年9月、シリア反体制派は、国連及び人々への医療支援や避難を行うボランティア組織「ホワイト・ヘルメット」の承認の元、アレッポ市内の病院の座標をすべてロシア軍司令部に引き渡しました。これは、ロシア連邦が戦争のルールを遵守し、これらの医療施設を砲撃しないことを期待してのことでした。しかし、この行為はシリアの人々に対する攻撃のために利用され、ロシア軍はリストにあるすべての病院を空爆したのです。その他の医療施設も、シリアの人々がいくら偽装しても、ロシア占領軍が何らかの方法でこれらの残りの施設の位置情報を入手したため、攻撃の手を免れることはありませんでした。

2017年以降、The Times Visual Investigations(アメリカ)は、シリアで繰り返される病院への空爆を追跡しています。それは、シリア軍とその同盟国であるロシア連邦による共同戦略でした。国連人権高等弁務官事務所によると、2019年4月末以降、シリアのバッシャール・アサド大統領側の勢力は、シリア国内で少なくとも50の医療施設を攻撃しています。

シリアの医療制度への攻撃を記録している別の国際人権団体「Physicians for Human Rights(PHR)」によると、2011年の軍事紛争開始以来、400の医療施設に対する601件の攻撃が記録されています。このうち244件(2011年以降の全攻撃の40%)は、ロシア軍またはロシアに支援されたシリア政府軍によって行われたものです。

2017年、世界銀行は、シリアの医療システムの破壊は、戦闘行為そのものよりも大きな被害を人々にもたらすと指摘しています。

世界銀行
1945年に設立された世界最大の金融機関の一つで、各国政府に融資や補助金を提供している。

2020年6月、ロシアは、シリアにおける病院、医療施設、人道支援施設の保護を目的とした国連の自主協定から離脱することを発表しました。この協定に基づき、これらの施設の位置は、施設への攻撃を防ぐべく、紛争当事者に通知されていました。それに対し、国際組織Human Rights Watchのルイ・シャルボノー国連ディレクターは次のように述べています

「ロシアがこれで戦争犯罪の責任を回避できると考えているならば、それは大きな間違いである。我々や他の各団体は、シリアにおける病院への意図的な爆撃やその他の深刻な犯罪を調査し、記録し続けるだろう。」

しかし、ロシアはこれらの犯罪に対する罰を未だに受けていません。

なぜ病院は軍事目標とならないのか?

アナリストや軍事専門家は通常、攻撃を標的型攻撃と無差別攻撃の二種類に区別しており、いずれも国際人道法上の戦争犯罪に該当します。赤十字国際委員会による区別の原則においては、紛争当事者は軍事施設と民間施設を区別しなければならないと定められています。

しかし、全面戦争中に行われてきた攻撃のほとんどは、ロシア軍がこの原則を完全に無視していることを示しています。つまり、手当たり次第に攻撃しているのです。

専門家は、無差別攻撃に加えて、標的型の砲撃の事例も多数記録しています。いずれの攻撃もとりわけ残虐なのものであり、民間インフラの破壊は、ウクライナの一般市民にできるだけ多くの損害を与えるために意図的に行われたものと思われます。砲撃以外にも、医療従事者に対する身体的及び精神的暴力、医療機器やその他の補助機器の略奪及び意図的な破壊の事例が多数明らかになっています。

1949年8月12日のジュネーヴ諸条約第1追加議定書によれば、軍事目標とは、軍事行動に著しく寄与するもののことを指しています。しかし、一部の軍事マニュアルでは「間接的だが効果的に敵の戦闘能力を支援する」種類の目標も軍事目標に含めています。そのため、一定の条件下においては、政治、金融、社会インフラの中心地が戦時下の正当な攻撃目標とみなされることがあります。

一方、医療インフラに対する攻撃は、相手国またはその同盟国の軍隊の軍事力を削ぐというよりも、主に民間人の士気を下げることを目的とするため、合法とは見なされることはありません。

暴力行為もしくは暴力の脅迫の主目的が、民間人の間に恐怖心を煽ることである場合、そのような行為は禁止されています。1949年8月12日のジュネーヴ諸条約第1追加議定書第51条は、以下のような無差別攻撃を禁止しています。

– 特定の軍事目標のみを対象としない攻撃
– 特定の軍事目標のみを対象とすることのできない戦闘の方法及び手段を用いる攻撃
– この議定書で定める限度を超える影響を及ぼす戦闘の方法及び手段を用いる攻撃

したがって、このようないかなる事例も、民間施設に対する攻撃となるため、戦争犯罪とみなすことができます。

無差別攻撃の特殊な種類に、絨毯爆撃があります。これは、選択された土地全体に損害を与える、領土に対する段階的かつ大規模な砲撃のことです。このような攻撃は通常、特定の地域に多数の無誘導爆弾(自由落下爆弾)を投下することによって、すべての軍事および民間インフラを破壊し、軍人および民間人を問わずできるだけ多くの人を殺害するために行われます。

民間人の殺傷を目的としたこのような攻撃は、ジュネーブ諸条約第51条でも禁止されています。

ウクライナの医療システムに対する攻撃は、誰がどのように記録しているか

UHCのチームは、全面侵攻の初日から、ロシア軍によるウクライナの医療システムに対する犯罪を記録し始めました。UHCの他、Truth Hounds、ウクライナ保健省、Physicians for Human Rights (PHR) も、ウクライナにおけるこのような犯罪を記録しています。

ロシアによる医療機関に対する砲撃の犠牲者の数は、このような戦争犯罪を記録する組織によって異なる場合があります。

医療機関
認可と認証を受け、法的に登録された、適正な医療を提供する機関。小規模なクリニック、緊急治療センターから、高度な救急治療室や外傷センターを備えた大規模な病院まで、さまざまな医療機関が存在する。

例えば、保健省の最新情報によると(2022年11月6日時点)、ロシア軍はウクライナの1,100の医療施設に損害を与え、そのうち144の施設は完全に破壊されました。しかしUHCは、258の医療施設が被害を受けたと報告しています(2023年1月25日時点。)これは、UHCが攻撃の個別例を記録しているのに対し、保健省はすべての被害を損害賠償の対象となる法人に結びつけているためです。ちなみに、保健省の9月の試算では、勝利後のウクライナの医療システムの復旧には、少なくとも146億ユーロが必要だとされています。

病院の復旧には、すでに国際的なドナーや企業が参加し、また参加を予定しています。例えば、Rolls-Royce Power Systems AGは、3月にロシア軍によって破壊されたスロビダ地方フフラ村の外来診療所の再建の支援を予定しています。また、FCディナモは、3月に破壊されたチェルニーヒウのチェルニーヒウ市立第3病院のX線診断棟の再建を支援しています

一方で、UHCのチームの記録は、破壊そのものよりも病院に対する攻撃に主眼が当てられています。データの収集は慎重な確認の元、複数の段階を通して行われています。利用するのはオープンソース(メディアの報道、ソーシャルメディアの投稿)、病院の代表者や目撃者の証言、保健省からの公式データなどです。また、チームは被害を受けた医療施設のいくつかを訪問し、それぞれの攻撃を個別の事例として、またこの大きな戦争の組織的な現象として総合的に考察できるようにしています。このようにして専門家たちは、キーウ州、シヴェリヤ地方、スロビダ地方を訪問しました。UHCのプロジェクト・コーディネーター兼アナリストのディアナ・ルスナクは次のように指摘しています。

— 私たちは、医療施設や医療従事者が、砲撃、暴行、殺害などの直接的な攻撃を受けた事例を記録しています。例えば、砲撃によって病棟や手術室、その他医療施設の重要な部分が損壊した場合です。近隣の建物が狙われ、衝撃波で医療施設の窓が割れた場合は、間接的な攻撃とみなしています。

このデータが必要な理由は2つあります。ロシア連邦と特定の加害者(ロシア軍)を国際法廷で裁くため、そして世界が将来、同様の脅威にさらされないようにするためです。UHCの共同設立者であるパウロ・コウトニュークは、ウクライナの医療インフラへの攻撃事例のすべてを記録することが重要である理由と、それを国際社会に伝えることが極めて重要である理由を次のように説明しています。

— 犯罪が公表されず、加害者が名指しされず、処罰されず、私たちが正義を確立できないのであれば、戦争での勝利は完全なものとはなりません。ロシア連邦は軍人に対してだけでなく、民間人に対しても戦争を仕掛けています。この行動様式は、ロシア軍が侵攻するいかなる場所でも出現する、ある種の犯罪行動パターンを生み出しています。つまり、医療施設の破壊は、無作為の事件の集合ではなく、軍事目的達成のために人道的大惨事を引き起こすことを目的として編み出された、残忍な戦争戦略なのです。

医療システムに対する犯罪の記録の際、各組織は独自の方法と原則を適用しています。

WHOの匿名報告書の一例

例えば、世界保健機関(WHO)の医療への攻撃に関する監視システム(SSA)は、病院への攻撃の事例の記録を作成しています。しかし世界保健機関は、攻撃の総数を報告するだけで、その詳細を明らかにすることはなく、これらの事件と犯人とされる人物を関連付けようともしていません。

***

出典:ウクライナ医療センター(UHC)

1日あたり5〜6回の砲撃

2月1日時点で、UHCのチームは、ウクライナの医療システムに対する309回の攻撃を記録しています。侵攻の第一段階(UHCのチームの定義では、2月24日から4月7日まで)だけでも、ロシア軍はウクライナ各地の医療施設に対して184回の砲撃を行っています。平均すると、1日あたり5~6回の砲撃となります。医療施設に対する攻撃も決して特別なものではありませんでした。センターのチームは、直接的な攻撃や砲撃だけでなく、機材の略奪や病院外への、さらにはウクライナ国外への持ち出し、職員への身体的暴力や脅迫、民間人を人質にするといった、ロシア軍によるその他の犯罪も、病院への攻撃に含めています。

ロシア軍の一連の行動は、まるでウクライナの一般市民の破滅を狙った全体計画の一部であるかのようです。

これらの攻撃の地理的な特徴は、ロシアの侵攻のパターンと方向に沿っています。もっとも被害が大きかったのは、キーウ州、シヴェリヤ地方、スロビダ地方、黒海沿岸地方、ドネツク地方の医療施設です。ジトーミル・ポリッシャ地方、ポジッリャ地方、下ドニプロ地方とザポリッジャ地方の医療施設も、戦闘地域から比較的離れているにもかかわらず、ミサイル攻撃の被害を受ています。

病院への砲撃が最も多く記録されているのは、キーウの北西、首都に向かうロシアの進撃ルート上にある地域でした。ブチャ、ボロジャンカ、イルピン、ヴォルゼリ、ホストメリ、マカリウ、ブゾヴァ、ビシウなどの町では、一般市民に対する凄惨な暴挙が行われてきました。これらの町の周辺集落における損壊もしくは破壊された医療インフラの数は格段に多くなっています。

2023年1月時点で、砲撃の激しさは大幅に減少し、主な攻撃はドネツク地方、スロビダ地方、黒海沿岸地方、タウリヤ地方で行われています。

ロシア軍は医療施設に対する砲撃以外にも、ウクライナ人から医療を奪うための手段を用いていました。一時占領地域では、ウクライナ人医師をロシア兵のためだけに働かせることを強要しました。同時に、しばしば民間人の医療施設への立ち入りを制限し、人々への必要な人道支援の提供を制限し、医療器具の盗難や損壊、病院への地雷敷設を行いました。一部の医療施設からは、医療機器が一時占領地域やウクライナ国外に持ち出されています。

写真:コスチャンティン・フゼンコ

またロシア軍は、一時占領地域への医薬品のサプライチェーンを寸断し、医療施設の電気、水道、ガス供給システムの破壊を続けています。

世界保健機関のハンス・クルーゲ欧州地域事務局長は「以前から述べているように、これからも何度でも言う。医療への攻撃は非良心的な行為だ」と強調しています;「国際人道法の違反であるだけでなく、民間人や医療従事者を殺傷し、医療を最も必要とする人たちへの医療の提供やアクセスを著しく阻害している。我々は今後も、戦争の惨禍の中、自身も直面している苦しみにもかかわらず、自分たちの職業に誇りを持つ医療従事者たち —私はそのうちの多くと直接対面する光栄に授かったが— その英雄的努力の証人となり続ける。」

ウクライナの病院は戦時中どのように運営されているか

全面戦争が始まった初日から、医療施設は、活発な戦闘が行われていた地域で購入した医薬品や医療器具の供給やその不足という問題に直面しました。人道支援団体や市民社会組織、国外のパートナーや一般のウクライナ人たちが救援に駆けつけました。戦争開始から12か月が経ち、ウクライナ西部への医薬品配送の問題は安定していますが、病院は在庫や行動計画を準備し、さまざまなシナリオに備え続けています。

写真:リンゼイ・アッダリオ

ウクライナの医療制度が打撃の第一波に持ちこたえたのは、仕事を続けた医療関係者と、仕事内容を変えることで状況に迅速かつ効果的に対応した管理職のおかげです。

ウクライナ西部の医師たちは、国境に近いため、多くの地元の人々が去っていったことを強調しています。これは医療制度に若干の悪影響(専門医や患者の流出)を与えた一方、地元住民に代わって国内避難民のウクライナ人が避難先と安全を求めてこれらの地域にやってきたことで、地元の医師はなんとかやっていくことができたのです。

イヴァーノ・フランキーウシク州小児科病院のナタリヤ・ミトニク副院長は、UHCの取材に対し、「3月頃までの1か月間(イヴァーノ・フランキーウシク州小児科病院の)入院患者の80%が国内避難民でした。その多くは北部と南部の子どもたちで、その後ドネツク州やルハンシク州からの人たちも増えていきました。地元の人々の多くはすでに帰還しており、現在の患者の大半はイヴァーノ・フランキーウシクの子どもたちです」と述べています

また、医師たちによると、全面侵攻が始まった当初、管理者は病院の地下室に設備を備え始めたといいます。

「私たちにあるのは防空壕ではなく、地下室です。しかし、私たちは南ウクライナ原子力発電所から30キロのところにおり、数年前から続けて地下設備に投資してきました。シャワー、トイレ、タイル張りの部屋、白壁の部屋があり、酸素が設置してあります。本格的な防空壕は今のところはありません。これは放射線シェルターですが、破片やその他の被弾も防いでくれるんです。出口は7箇所あります。」と、ミコライウから230キロ余り離れたヴォズネセンスク総合病院のヴォロディミル・クラショハ院長は語ります

前線の顕著な長さ、活発な戦闘、病院への意図的な砲撃により、一部の医療従事者は職場を離れ、ウクライナ国内の安全な都市や海外への避難を余儀なくされました。しかし、病院、特に最前線の都市の病院に残った専門医は、実質病院内で生活を送り、また現在も病院内で生活している人もいます。例えば、ハルキウ地方周産期母子医療センターでは、4月まで専門医が生活していました。

センター長のイリーナ・コンドラートヴァは、砲撃下で仕事を続けるスタッフのモチベーションを上げるために、毎日新しい方法を考えなければならなかったといいます。例えば、病院内で医療スタッフにマニキュアをしてくれるボランティアを探したり、3月8日の国際女性デーにチューリップを詰めた車をボランティアから受け取るなど、様々な方法を行っています。こうしたことが、チームの精神的な支えとなりました。ユニセフの親善大使であるイギリスのサッカー選手デヴィッド・ベッカムも、彼女たちの仕事の現実を話すのに一役買ってくれました。彼はイリーナ・コンドラートヴァに、自身のインスタグラムページへのアクセスを1日だけ許可したのです。そこでイリーナは、周産期母子医療センターが患者を守るために地下に移動したことを、ストーリーを使って紹介しました。しかし残念ながら、集中治療の最中で、特殊な医療機器に頼っている赤ちゃんもおり、その赤ちゃんたちを避難所に連れて行くことはできませんでした。

— また、その時(スタッフのモチベーションを上げる時)は、いつもスタッフのことを考えてました。毎日です。朝、事務所を出る時は、生きていることを神に感謝しながら、出会った人全員と抱き合うのです。

病院への標的型攻撃

ロシア軍が民間インフラに対して無誘導爆弾による爆撃を行ったケースは数多く記録されています。例えば、マリウポリドラマ劇場(3月10日及び16日)、チェルニーヒウの住宅及び心臓病センター(3月3日)、スロビダ地方イジュームの市立病院(3月8日)への攻撃、ヘルソンの病院へ繰り返される砲撃(最後のものは1月29日)などです。これらは、民間人に対する無誘導爆弾の使用が、今回の全面戦争におけるロシア軍の戦術の一つであることを示しています。

ヘルソン州立臨床病院

超重量無誘導爆弾
マリウポリ産科病院

マリウポリはウクライナで急速に発展した都市の1つでした。2022年、この都市は、第二次世界大戦以降ほとんど類例のないような大規模な破壊と凄惨な戦争犯罪の一例となりました。マリウポリの破壊は、グロズヌイ(チェチェンの首都、1996年)やアレッポ(シリアの都市、2016年)の破壊とも比較されます。ロシア軍は、これら各都市に対する文字通り完全な破壊に関与していたのです。

本格的な侵攻前、マリウポリには広範な医療ネットワークがありました。UHCによると、2022年12月の時点で、106の医療施設のうち82施設と、市内の医療インフラの少なくとも3/4が大きく損壊するか破壊されたとのことです。2月初旬の時点では町は依然として占領下にあり、その領土に入ることは不可能でしたが、チームはオープンソースと衛星画像を使用して攻撃の結果を評価することができました。

標的型攻撃の一例として、領土医療協会「子供と女性の健康」に対する砲撃が挙げられます。この医療施設は、産婦人科病院として、また別に小児科病院としての機能も持っていました。この医療施設は、マリウポリ市内及びドネツク州南部地域の住民に医療を提供していました。

市の中心部に位置するこの医療施設は、小児診療科、産科、婦人科、および技術・管理科の複数の建物からなり、各建物がコの字型に隣り合わせに配置されていました。病院は医療キャンパス内にあり、他の医療施設(第3プライマリーケアセンター、小児外来クリニック、マリウポリがんセンター、外傷センターなど)と隣接していました。

2022年3月9日、ロシア軍は小児診療科と産科への空爆を行い、航空機から2つの超重量無誘導爆弾(おそらくFAB-500高爆発性砲弾、殺傷範囲は110~190mに及ぶ)を投下しました。爆弾は爆発物、破片、爆風で被害を与えます。砲弾はコの字型の建物群の中の中庭に落ち、甚大な被害をもたらしました。うち1発は、病院の中庭に大きなクレーターを残しました。

写真:ムスティスラウ・チェルノウ

最も大きな被害を受けた建物は、小児診療科と産科病院の2つです。窓は粉々に砕け、建物の外装、内装、屋根が破壊されました。医療協会の代表者によると、建物とその周辺の被害は推定で90%に上っています。攻撃があった時、施設は稼働中で、施設内には医療スタッフや患者がいました。17人が負傷し、出産間近の女性を含む5人が死亡しました。

その後数日間、ロシア政府高官とメディアは、病院内にはアゾフ連隊の兵士がいたとされるため、正当な軍事標的であったとする一連の矛盾した声明を発表しました。また、ロシアのプロパガンダ担当者は、攻撃時に病院には患者も職員もいなかったと主張しています。しかし、これらの主張を裏付ける証拠はなく、むしろ逆の証拠が大量に存在しています。

アゾフ連隊
2014年に創設されたウクライナ国家親衛隊の特殊部隊の別働隊。マリウポリの防衛に参加した。ロシア人はこの部隊のイメージをプロパガンダに利用し、ネオナチや外国人排斥について軍を非難している。

写真:ムスティスラウ・チェルノウ

迫撃砲による砲撃
マカリウ地区病院

標的型攻撃のもう一つの例は、上ドニプロ地方のものです。それはマカリウプライマリーケアセンターです。

マカリウはキーウの西50km強のところにある都市型集落で、全面戦争開始前は1万人近くの住民が住んでいました。3月、ロシア軍はキーウとウクライナ西部を結ぶ重要な高速道路E40を寸断するため、この町を北から攻撃しました。ロシア軍は2022年4月1日まで北東部の郊外を押さえていました。この間、マカリウでは200以上の建物が破壊され、さらに3つの医療施設を含む600の建物が深刻な損害を受けました。

 

マカリウプライマリーケアセンターは、マカリウ地区病院の北西部に位置していました。病院本館、管理棟、救急ステーション、その他複数の技術棟から構成されていました。数棟の住宅を除いて、周辺には他の建物はありませんでした。

3月28日、ロシア軍は迫撃砲でケアセンターを砲撃し、施設は完全に破壊されました。隣接する建物の窓は壊れ、砲撃の痕跡が見つかりました。攻撃時、数人の従業員を除き、ほとんどのスタッフはすでに避難していました。

この地域の調査で、UHCのチームは、迫撃砲による攻撃の痕跡を発見しました。施設周辺には、約10メートル間隔で一列に並んだ迫撃砲のクレーターが4つありました。さらに建物の瓦礫の中からは2つの穴が発見されました。このパターンは、ロシア軍が目標に命中するまで、段階的に迫撃砲の発射を調整したことを示しています。医療施設が破壊された様子は、周辺地域の破壊と比較しても、攻撃が個別のものであり、標的を定めたものであることを示しています。

市営の非営利企業であるマカリウ・プライマリーケアセンター長のセルヒー・ソロメンコは、次のように述べました

— (砲撃に加えて)通信手段が全くない、インターネットが全く使えないという問題にも直面し、これと並行して、地域のほとんどでは電力供給が損なわれていました。従業員もかなり困難な状況に置かれていました。

出典:ウクライナ医療センター(UHC)

8発の無誘導爆弾
チェルニーヒウ州立心臓病センター

3月3日12時16分、ヴャチェスラウ・チョルノヴィル通りを走行中の車のドライブレコーダーが、ロシア軍の飛行機が少なくとも8発の無誘導爆弾を投下するところを捉えていました。この攻撃により、47人の市民が死亡、18人が負傷しています。住宅4棟、薬局、チェルニーヒウ州心臓病センターも被害を受けました。

チェルニーヒウ州軍政局のヴャチェスラウ・チャウス局長によると、今回の攻撃ではFAB-500爆弾が使用されたとのことです。「この爆弾は通常、軍需産業施設や要塞の建造物に対して使用されるもので、住宅地に使用するものではない」と自身のTelegramチャンネルに投稿しています。また、近くに軍事施設はなかったとも述べています。この情報は、後に国際的な調査機関によって確認されました。

攻撃現場でUHCのチームは、少なくとも4つの明確な爆弾のクレーター、もう1つのクレーターと思われるもの(瓦礫の下に隠れている)、建物への2つの直撃の跡を発見しました

心臓病センターの中庭には2つの深い穴が見つかり、その周りでは外装が大きく破損し、入院病棟の複数の窓と病棟の1つの窓が壊れていました。攻撃された3月3日当時、病院は閉まっていたため、幸いにも大きな人的被害は出ていません。

また、衛星画像を見ると、病院の被害は2月28日以降に現れたことがわかります。この攻撃は戦争犯罪である可能性が高く、国際刑事裁判所によって調査されなければなりません。

クラスター爆弾
シヴェリヤ地方 キインカ

キインカは、全面侵攻開始以前は人口約2,500人の村でした。チェルニーヒウの南西郊外、主要高速道路E95の近く、チェルニーヒウとキーウを結ぶ道路P69に位置しています。

チェルニーヒウ包囲の際、村はロシア軍に包囲されましたが、地元の防衛隊の抵抗により、攻略されることはありませんでした。2月28日以降、この村は繰り返し砲撃を受けました。ロシア軍は攻撃時に、禁止されているクラスター弾を含む様々な種類の兵器を使用しました。

写真:ウクライナ医療センター(UHC)

写真:ウクライナ医療センター(UHC)

クラスター弾は、特殊な航空爆弾の一種です。ケースの壁は薄くできており、内部には小さな破片、航空地雷、さまざまな用途の地雷(対戦車、対人、焼夷弾)など、多数の内容物が搭載されています。通常、これらの砲弾は空中で爆発し、その致命的な「内容物」が広い範囲に被害をもたらします。

Human Rights Watchの武器部門のシニアリサーチャーであるボニー・ドハーティは、これらの砲弾には遅効性があり、住民に二重の脅威を与えることがあると述べています。すべての子弾が衝撃で爆発するわけではなく、地上に残るものもあるからです。また、鮮やかな色や目を引く形状のものもあり、子どもたちを引き付け、子どもにも大人にも危害を加える可能性があります。

これらの武器の使用は、大規模で無差別な被害と民間人への大きな危険性から禁止されています

キインカには2つのプライマリーケア施設がありました。全面侵攻開始の少し前まで、古い施設に代わって2020年に建設された新しい施設の利用が計画されていました。どちらの施設も村への砲撃で被害を受けました。BM-27ウラガンやBM-30スメルチ多連装ロケットシステム(MLRS)から発射された9M27Kと思われるクラスター弾の残骸が敷地内で発見されています。

MLRS
多連装ロケットシステム。砲撃システムの一種。人員、装備、装甲車、司令部などを攻撃することができる。

被害の状況から、砲撃が特定の軍事目標に関連したものではなく、無作為に行われたことは明白です。

持ちこたえたものの支援を必要とする医療システム

ウクライナの医療システムは、意図的な数々の攻撃にもかかわらず、よく持ちこたえてきたと言えるでしょう。これはある程度、COVID-19の流行のおかげと言える部分もあり、病院は常に新しく、しばしば過酷な条件下での稼働準備を余儀なくされていました。しかし、何よりも感謝すべきは、どんな困難にも負けずに働き続けた強力なエキスパートたちと、ありとあらゆる方法で助けの手を差し伸べてくれた世界中のウクライナ人による強力な支援です。

ウクライナで記録されたロシアによる医療システムへの攻撃の話は、独立した出来事ではなく、ロシア軍によるこのような行動が彼らの戦争戦略の典型的なものであることは間違いありません。実際、ほぼすべての攻撃は意図的で、残忍で、繰り返し行われています。

ウクライナのいくつかの地域では、スタッフが避難を余儀なくされたため、医療施設は、患者とスタッフの両方に対する潜在的脅威により、医療支援を十分に提供することができませんでした。病院は、設備を含む建物全体と科全体をより安全な場所に移しました。

国際人道法の基本原則に反し、ロシアは軍人と民間人の両方に対して戦争を仕掛けています。破壊の内容から、ロシア軍が(故意または過失で)民間と軍事を分けず、人道的災害を戦争の道具として使っていることがわかります。

ロシア軍によるウクライナの病院への攻撃は、単に壁や建物全体の破壊という話ではなく、ウクライナの医療制度に世界的な影響を及ぼしています。医療施設を破壊し医療従事者を殺害することで、ロシア軍は集落全体に害を与え、命という最も貴重なものを奪うだけでなく、そのような攻撃によって一部の人々(軍人や民間人)が必要な時に質の高い治療を受けることができなくなることで、将来にも影響を与えているのです。

ウクライナでおよそ1年にわたって続いている全面戦争について、ロシア軍とその指揮官を裁くための証拠は十分にあります。だからこそ、占領者による攻撃の徹底的な記録と調査、そしてこれらの犯罪の訴追が、国際レベルでも国内レベルでも優先されるべきなのです。このような犯罪は、将来の裁判のために世界的な証拠基盤を集めるために、できるだけ迅速かつ徹底的に記録されなければなりません。これは正義を実現するために極めて重要です。このプロセスを加速するため、UHCのチームはPhysicians for Human Rights(米国)、eyeWitness to Atrocities、Insecurity Insight(スイス)と共同で、国連人権理事会の特別調査委員会に声明を提出し、ウクライナにおけるロシア連邦によるこれらの侵害の調査を優先させるよう要請しました。

パウロ・コウトニュークは、ウクライナの医療体制はすでに強化されているが、勝利後に効果的であるためには今すぐ変化が必要だと結論づけています。

— 最も危機的な年に、私たちの医療システムが打撃に耐えてきたことは、良いニュースです。ロシアが一時的に占領している地域を除けば、全体的に見て、ロシアは私たちの医療体制を完全に崩壊させることはできていません。しかし長い目で見れば、医療システムの持続可能性は、その近代化にかかっています。そのための投資は非常に高価なものです。時代遅れの医療制度は、復興期の経済に負担をかけることになります。ですから、軍隊を近代化するのと同様、医療システムも近代化する必要があるのです。

コンテンツ作成スタッフ

Ukraїner創設者:

ボフダン・ロフヴィネンコ

企画:

マリヤ・クラウチェンコ

編集長:

アンナ・ヤーブルチナ

編集:

レシャ・ボフダン

写真編集:

ユーリー・ステファニャク

コンテンツマネージャー:

カテリーナ・ユゼフィク

翻訳:

伊藤 栄一

翻訳編集:

藤田 勝利

Ukraїnerをフォローする