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ザカルパッチャ州に位置するヘンバ山にまるで磁石のように観光客を惹きつける場所が2013年に現れた。地元の人達はその場所の成功の秘訣についてずっと分かっていなかった。このチャヨヴニャ(ティーショップ)はまだメディアでも取り上げられておらず、お店の写真もどこにも掲載されておらず、広告を出すような新しくお客さんを獲得するようなこともしていない。しかし、その場所を知っていて雪道を旅してたどり着く人や、吹雪や雷雨の中でたまたまこの店を見つけた人が、山頂に位置するアットホームな雰囲気をもつこの店を訪れるのだ。

1949年ヨシフ・スターリンの命令により、旧ソ連の学者達はウクライナ南部で栽培されていた熱帯植物を北部で、北部のものを南部で栽培できるような環境をつくるための研究を行っていた。ザカルパッチャでは、当時有名だった学者のヴィクトル・ソチャヴァにより柑橘類、紅茶、ユーカリの栽培が行われた。その中で紅茶のみが栽培に適していた。ムカチェヴォ(ザカルパッチャ州西部の街)近郊にあるチェルヴォーナ・ホラー(ウクライナ語で「赤い山」の意)では紅茶プランテーションが50ヘクタール程の規模で行われていた。1000ヘクタールまで拡張することが計画されていたが、結果としてこの場所ではブドウの栽培が行われるようになった。

現在、ウクライナで唯一のその紅茶プランテーションが消滅の危機に瀕している。1960年代には1ヘクタールあたり1300kgの茶葉が収穫されていたが、今では年に2回たった500gほどしか収穫されていない。ムカチェヴォの観光案内所によると、最近までこの地域はヨーロッパで世界最北端の紅茶農園の地位を占めていたが、イングランド、スコットランド、ドイツで紅茶栽培が始まるとカルパチア紅茶農園の地位は低下した。

現在
経験のある観光客は、ザカルパッチャ州での休暇を計画している人達に対して、シーピト滝、シーピト滝にちなんだ祭り「シーピト」、ヴォロヴェツ村のピリぺツにあるロープウェイ、そしてティーショップ「スリヤ」を訪れることをアドバイスする。このティーショップのオーナーは、山頂にあえて普通の小屋を建てなかったことから、その独創性が注目を集めている。

「ここにはスーパーのチョコレート、アルコール類、添加物の入ったおつまみ等は置いてません。カツレツやぺリメニはここでは出しておらず、いずれもベジタリアンメニューとなっています。バノシュやチャナヒ(いずれもウクライナ西部の料理の一つ)ではなく、ムリンツィ(薄い生地のパンケーキ)、クッキー、温かい飲み物を出しています。とても美味しいですよ! ズビーテニ(ハチミツやスパイスから作られたウクライナ等で広く飲まれている飲み物)、マサラチャイ、ショウガ茶、牛乳、チーズ等はピリぺツから運んできていて、ベリー類やキノコは森で収穫しています。ここは薪の香りがして薪ストーブで暖まることが出来ます。でもここの一番のおすすめは、窓から見える景色です。」

始まりの幼少時代

ユリヤ・オメリチェンコがまだ小さい頃、彼女の祖母は紅茶を収穫する一方、彼女は祖母を助けるために紅茶のための紙の入れ物を作っていた。何年か経って、ユリヤは自分に向かって「私は何がしたいのだろうか?」と問いかけ、その時、自分がしたいことは心地よい雰囲気の場所を作ることだと気付いたという。

長い間ユリヤは、フェスティバルに出張型ティーショップを開いたり、「ダフ」という劇場に自分のビュッフェを開いたりしていた。彼女の紅茶は、大きなイベントや劇場で、独特な存在となっていった。しかし、ユリヤは子供の頃からの紅茶への愛を形にするため、常に新しいものを求めていた。

プラスチックのコップに刺激を受けた

ユリヤは、大人になってからは、休暇になると、みんなと同じように新鮮な空気を感じに山へと向かうようになった。ユリヤは、頂上に立って、景色を楽しみながら地元の店で買ったプラスチックのコップに入ったお茶を飲んでいる時に、「もし今立っている場所に、プラスチックのコップではなくおしゃれな食器で紅茶を飲めて、輸入品ではなくこの地域で育っている植物やベリー類などの味を楽しめる場所を作ったらどうだろう?」と考えた。それからすぐに、その紅茶のプラスチックのコップから生まれたおぼろげなアイデアは、自然を楽しむことができる紅茶、おしゃれな食器、良い雰囲気のティーショップというアイデアに生まれ変わった。

ユリヤは、ティーショップのコンセプトが決まった時、仲間に自分の友人2人を呼んだ。当時のことについて、彼女はこう語る。

「『こういうアイデアがあって結果はどうなるか分からないんだけど、一緒にやってくれない?』と言ったんです。友人達は、やろうとは言ってくれたのですが、最初は私が冗談を言っていると思ったそうです。朝になると、そこの土地の所有者のところへ行って土地を借り、それから全てを始めました。」

店のオープンを2014年1月1日に予定していたので建物の建設を一カ月で終わらせなければならなかった。とてつもなく寒く、死ぬほど大変で、しかし信じられないほど面白い経験だった。

「みんなが家に帰って山で何をしていたか動画に撮っていたのですが、それはまるで強制収容所で労働させられているようでした。みんな大雪の中で板をお互いに渡そうと頑張っていました。釘や板が飛ばされてしまうほど風が強く吹いていて信じられないほど大変でした。その上当時はロープウェイを管理している人達との関係があまりよくなかったのです。毎回ロープウェイに乗せてくれなかったので、しばしば歩いて山を登らなければなりませんでした。山を登りながら『何をしているんだろう?どうして山を登っているんだろう?』と自分に問いかけていましたが、しかし、その時同時に私は自分が何をしたいか分かったのです。私はそこに充実を見出していたのです。」

12月31日までになんとか店を建て終えたが、その後サプライズが待っていた。

「12月31日に山に資材や設備を持っていくための車をなんとか見つけました。建物の中に入って『さて次はどうしようか?』となりました。たくさんの設備、食器、建設時に出たゴミがあったのです。寒く、年がまもなく明けるという時でした。私たちは全部棚に片づけ始めました。そして、年が明けるまでにそこは言葉では表せられないほど素晴らしい空間が現れました。前から素晴らしい場所だと思ってはいましたが、いざ目の前に現れるととても感動しました。窓際に立つとピリぺツの下の方では花火上がっており、夜空にはたくさんの星が広がっていたのです。こんな素晴らしい年明けを迎えるために私たちは頑張ってきたのだ、と思いました。寝るためのスペースを作って、その素晴らしい雰囲気の中眠りにつきました。1月1日起きてみると、店のドアの前に多くの観光客が並んでいて、何が起きているんだという気になりました。また薪ストーブも、最初はとても気まぐれでしっかり点いてくれず、とても苦労しました。とにかくたくさん人が来て、きちんとしたプロセスもなくどこに何を置けばいいかも分かっていませんでした。」

「うちは全て薪火で料理していました。薪ストーブ担当のディーマに出された課題は特殊だったので、彼は少し大変だったかもしれません。ですが彼はやり切りました。そこにスペースを作る課題が彼を戸惑わせました。コーヒーを作るための砂だったり、景観をよくして暖をとるために暖炉を置きたかったし、上に皿を乾燥させるためのスペースも作る予定でした。いくつか技術的に難しい場面もありましたが、ディーマは何とかやり遂げてくれました。ただ一つ、彼が実現できなかったのは、ストーブの上で寝られる場所を作ることです。」

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ちなみに、ユリヤはリュックサックで最初のコーヒー用の砂をジョージアから持ってきたそうだ。その砂は黒い磁気姓のもので周りの機器がそれに反応してしまっていたので、税関で何のためにそれが必要か説明しなければならなかったことを、彼女は笑いながら話してくれた。今ではコーヒーは、ジョージアの砂とガンジス川の砂で作られている。白黒に混ざったものだ。

新年に開店して客足が少し減ってきても、ティーショップのチームは一週間ほど山に残り、冷静に仕事のやり方を見直し、よりロジカルな方法をみんなで考えた。ユリヤ曰く、一番嬉しかったのは、地元の全く知らない人たちがチームを助けに来てくれたことだった。
「この3年間、多くの人たちが働いてくれましたが、長く働いてくれた人もたくさんいました。その時々で人は入れ替わっていきましたが、みんな素晴らしい人でした。もしここで何かが起こって山のために自ら何かしなければならなくなった時、どうやったらその人をその気させられるのでしょう。みんな10時間働いたら山を降りて、次の日また登りに来ます。そうしなければいけないからです。また、水を汲みに雪の中を歩かなければならない場合、どのようにその人をその気にさせればいいでしょうか。雪がとても積もっている時、準備をして1、2の3でドアを開けて外に出たものの、雪のせいで壁に押し戻されてしまうのです。また12月は風がとても強いです。そんな中で水を汲みにいかなければならないのです。水は水源にあるのですが、その水源がティーショップのあるところより低いところに位置しているのです。水をこの店まで引くことも試したのですが、出来ませんでした。これが日常です。1日に100リットルか200リットルは最低でも必要で、時によってはもっと必要です。これはとても大変なことです。台車もあまり役に立ちません。特に雪の中では、雪をかき分けて一歩一歩進まなければならないので大変です。」

ティーショップは毎日変化し、そこで働く人たちも変わっていくことについてユリヤは語っている。そこで働く人たちを元気付けなければならなかったことや、すでに地元でビジネスを行っている人達についても考えなければならなかったことをユリヤは語る。

「私が来た時、地元の人たちはすでに山で『リプトン』を作ってチップスやチョコレートを売ってました。最初私たちは外から来た者ということもあり、まるで敵のように見られていました。彼らは私たちを舐めるようにして見ていました。私たちは彼らに望まれていなかったのです。ありもしない噂を流されたりもしましたが、噂にあったようなことは私たちはしてなかったので、結局なんともありませんでした。私たちは彼らに怒りもしませんでしたし、むしろ彼らのところでよく買い物をしていました。常に対話の場面を設けようと心がけてました。私は彼らにプラスチックを燃やすべきでないと伝えました。しかし伝えるときは彼らの言葉で、彼らの尊敬するものの言葉で伝える必要があります。例えば、もしイコンが部屋に飾られていたら、プラスチックを燃やしてはいけない、と伝えました。」

地元の人たちと協力すること

ロープウェイで凍えるような思いをして山を登ったところに、暖かい雰囲気であなたを迎えてくれてお茶ができる場所がある。今では、このことに驚く者はもういない。しかし、有名なこのティーショップにも、そこに至るまでには紆余曲折があったという。

「最初の頃は季節になると小さいカップのようなものに入れてブルーベリーやクランベリーを売っていましたが、観光客が来るようになってからもっと良いものを売るようになりました。買う人たちのことを考えるようになったのです。当たり前ですが、最低でもそれこそ『リプトン』のような普通のものでなければ売れないわけです。最初人々には、私たちの仕事が雑草を売って儲けているように見えていたそうです。今では、クランベリーティー、ストロベリーティー、ラズベリーティー、ブラックベリーティーなど、いろいろなものを販売しています。また果実酒やパイも販売するようになりました。競争があることはいいことだと思います。ここに来たばかりの頃に、ブルーベリーパイが売られていたことがありました。その時は買って食べたのですが、次の日に同じところに行くともうその店はありませんでした。パイはどこで売られているか尋ねましたが、『観光客が少ないからパイは作らない』と彼らは言っていました。それが今では少なくとも5種類はパイを売っていて、好きなものを選べます。私たちを見本に何か考えるようになり、容器を買ったり魔法瓶を使ったりテーブルクロスを敷くようになったのはとても素晴らしいことだと思います。以前は、木の机がただあるだけでしたが、いまでは綺麗に見せる工夫をしています。」

このティーショップを取り巻く環境に環境に関わらず、この店は人の心を和ませるとユリヤはいう。

「このティーショップに来ると、1日であと10ヵ所は回らないといけない観光客の集団と、常に時間を管理するガイドが来ているのを見かけます。彼らは紅茶を急いで飲みますが、でもそんな彼らでも、窓に近づくと黙って外を眺め始めるのです。これだ、と感じました。そういう場面にとても刺激を受けますし、まさにこれが私たちが目指したものだと思っています。」

最初はボルシチを作ったり、果実酒、ベルモット、ホットワインなども作ったりしていましたが、しだいに肉料理もお酒も出さなくなったという。

「それにもかかわらずうちに多くのお客さんが来てくれていることを、地元の人たちはしばらくの間信じられなかったそうです。秘密は何なのか知るために地元の人たちは何回もうちに来ては調べて、時にはスパイまで送っていました。」

まだまだピリペツには知らない部分がたくさんあり魅力的だ、とユリヤは語る。地元の人たちは何もしないでお金を受け取ることに慣れてしまってる。ここでは地元の人たちと何かについて合意することが非常に難しいので、食材はムカチェヴォやミジュヒリスキーから仕入れているという。

「こちらが最低限の契約をしようという時に、価格や期間について変えようとし、あるいは仕入れの話自体を断ろうとするのです。彼らに電話を掛け直した途端に、『今日はペトロ3世のなんたらかんたらの記念日だから』とか、『子供達が来ている/帰るのにまだチーズが出来ていないから』とか言って断られてしまうのです。ここでは『今日』は何日か後、『明日』が何週間後、『なんとかするよ』は最早もういつまで経っても実現しないことを意味します。」

協力することで、持続的な利益が得られることを、ここの人たちは知らない。ここの人たちはその日を生きることに精一杯で、将来のことを考えて持続的に収入を得ようとはなかなかしない。

「牛乳の卸売をしている人に、ロープウェーで毎日配達し、どの車両で配達しているか電話をしてほしいというオファーを出したことがあります。私はそれに際し、割引は要求せず、むしろ毎回の配達に対して追加で支払うことを提案しました。しかし『私はライフを使ってるけれどもあなたはキーウスタール(どちらもウクライナの携帯電話通信会社)じゃないか。だから、通話料金が高くつく』と言われてしまいました。私はこちらで電話代も負担するように提案しましたが、それでもとても大変でした。1回目の配達の後で『自分たちで運ぶか、ブタに餌をやるかどっちかだ』と言われてしまいました。また、新年の時期にヤギのチーズの卸売をしている人には、休日価格だと言っては通常の3倍以上の価格を要求されました。」

ユリヤは、ピリペツの周りのお店と関わっていくうちに、稼ぎに外から来た者と思われて、残念ながらこのティーショップが受け入れらないのでは、と思うようになったと言う。観光客が磁石のようにこのティーショップに集まってコーヒーや紅茶を飲みながら窓の景色を見て、それで地元の人たちのところへヴァレニキ(ウクライナ料理)やボルシチを食べに行くということを、この街の人たちはあまり知らないのかもしれないとユリヤは語る。

この店では毎日いろいろなことが起きているが、お客さんに驚かされることもあるという。

ティーショップの典礼

「それは2月のことで、ロープウェーから旗を持った集団がこの店へ来ました。彼らは、『ここで典礼をしてもいいですか?』と聞くのです訊。もちろんいいですよ、と答えて、私はバーカウンターの前に立ってその様子を見てました。男性2人がフード、帽子、スキーウェアを脱いで、ローブを取り出し金の宝石を身に着けて、お香を手に持ち、特別な帽子をかぶり、典礼を始めました。ティーショップで典礼が始まったのです!」

ティーショップの電力は太陽光で賄われている。

「彼らは子供たちを率いたり、このような外で説法を説いたりするキリスト正教会の人たちでした。全く信じられませんでした。彼らは最初お祈りをし、司祭がお香を持って歩きました。その時、観光客の集団がその時強風から逃れて入ってきましたが、彼らは何が起こっているのか全く理解できていませんでした。建物を見つけて入ってきたのでしょうが、外観のイメージと中で起こっていたことが全く異なったのです。普通の天気でもその光景はびっくりするものだったでしょう。極寒の冬景色から全く異なる世界へ入ったようなものです。彼らが店に入ると、司祭がお祈りをしていたのです。ここが教会なのか何なのかどうかも分からなかったようですが、確かにここにはバーカウンターがあって、人だかりも出来ていました。聖職者たちは、時間の意味や時間の費やし方について素晴らしい説法を説いていて、司祭の哲学的な考えを聴くことが出来ました。時間がなくても、何事も時間通りに行う事がとても重要だと祭司は言っていました。その時、私たちは、目の前で起きていることについていけなくて、飲み物も間違えて用意してしまったし、その時間にはロープウェ―ももう止まってしまっていました。しかもそれは、仕事を初めて間もない頃だったのです。お祈りが終わって聖職者たちが去った後、私はみんなに司祭が時間について話をしたことを伝えました。次の日、私は母に会いに行きました。鉄道の線路を横切ろうとした時に、カバンを見つけました。それを拾い上げて捨てようとしたら、中に箱が入っているようだったので、開けてみると新しい時計が入っていました。」

「時計は包装されていて、そこにロゴがついていました。どこかで見たことのあるロゴだと思ったら、あの正教会のグループのものだったのです。彼らも同じ電車に乗ってその時に忘れたのでしょう。今、その時計はお店に飾られています。」

40人の聖歌隊員

「とても素晴らしい夏の朝の日のことです。お店の仕込みをしている時でした。ある団体がやって来て、少し中に入れさせてもらえないかと訊かれました。彼らは、『ここは風が少しありますね』『私たちは聖歌隊です。ここで歌ってもいいですか』と言うのです。山の上の私のところに40人の聖歌隊員がやってきたのです。彼らが歌い始めると、とたんに涙がこぼれました。素晴らしい時間でした。ここには、とてもたくさんの感動の瞬間があります。」

標高1164メートル50センチ5ミリ

「面白い話は他にもあります。冬にロープウェーが動かなかった時のことですが、私たちはロープウェーが動かなくても誰かが必ず店にいます。なぜなら冬の寒い時や夜中に遭難した時には、このお店は避難所として機能するからです。その夜も誰かがドアをノックしました。7人の男性が入ってきましたが、土地勘がないようで話すこともままならない様子でした。彼らは凍えていたので、私たちは彼らにお茶を出しました。彼らは、何やら面白そうなオレンジ色のケースを手にしていました。私は、そのケースが気になったせいか、ここの標高を彼らに訊いてみることにしました。すると彼らの内2人が互いに顔を見わせ、ケースを開けて中から何かしらの器具を取り出しました。彼らは科学者でした。彼らは標高をミリ単位で算出しました。私の標高についての質問に対して、彼らは「1164メートル50センチ5ミリだ」とミリ単位で答えました。私たちは、その数字をメモしました。まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしませんでした。」

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スリランカのような紅茶工房を作る

今ではもうティーショップの業務手順は全て固まっているが、一方でユリヤは次のレベルを目指したいという。

「私は全ての業務プロセスを完璧なものにしたいと思っています。収穫から加工、梱包、流通に至るまでです。現在私はお茶の発酵、圧縮、乾燥のプロセスについて考えています。それらをいいものにしたいのです。また、ブランド戦略についても企画しています。これに関してはまだ始まったばかりです。さらに言うと、加工や梱包などの全ての工程が見られて、その工程を体験しながら紅茶のブレンドが出来る、スリランカの工房のようなものを作りたいを考えています。実際の工程は自動化ではなく実際に人の手で行いたいと考えています。当初はせめて茶葉ブレンドの工程だけでも自動化しようというアイデアがありましたが、自動化で行うのと実際に人の手で行うのとでは大きな違いがあることに気付きました。そのため、うちでは現在人の手でブレンドが行われていて、発酵まで人の手で行われています。その工程までには、茶葉を柔らかくして、また混ぜてから柔らかくして、どのように茶葉が変化していくかを見ていかなければなりません。これは全て人の手で行われます。色々な紅茶が楽しめたり購入できたり、その工程に参加して様々なことを知ることが出来る素晴らしい場所があったらとてもいいだろうな、と私は思います。」

飲み物のレシピを探し出しているのではなくレシピの方から出てくるのだ、とユリヤは言う。彼女がここに来てから2年目の時に考案したイヴァンチャイもそのように生まれたものの一つで、ズビーテニも同様に生まれたものだという。

「サンクトペテルブルクにいた時に初めてズビーテニを飲みました。味の組み合わせがとても気に入って感動しました。特に酸味、スパイス、ハチミツの甘味の部分です。ウクライナに帰ってからはズビーテニについて研究して、改良することにしました。」

ビジネスのことを考える必要はありません。私たちはあくまで過程の中を生きているだけなのです。

成功は環境によって決まるのではないので、人口の多い大都市や技術的に恵まれた環境はもはや成功の秘訣ではないとユリヤは言う。

「人口が多い場所でのビジネスは分岐点にあると考えています。コミュニケーションとともに全て変化しましたし、今や物理的にどこにいるかはあまり重要でないと思います。本当に正しく適切なことを行っていたら、それを手放す必要はありません。それをビジネスだと考える必要はないのです。私たちは、あくまで自分の人生の過程にあり、出来ることをしていて、そこから充実感を得ている、それだけなのです。例えば新しい容器を買ったり、他人に笑われてしまうような発見をしたり、というような些細なことも毎日起こります。しかしそういう些細なことが絶えず基本的な喜びをもたらしてくれますし、そのことに良いも悪いもないのです。それは、私が生きているというだけのことです。その過程の中で、密に生きているというだけです。結局それを測れる物差しなどないと私は思います。」

「ここで全てを実現できるわけではない」

ボルジャヴァ尾根はリーズナブルなレジャースポットとして常に人気であり、カルパチア山脈への登山を始めるのに一番便利なスポットとなっている。また牧草地にはブルーベリーやクロッカスが点在している。麓にあるザカルパッチャの村はその地域特性で人々を魅了し、その土地の自然と生活のリズムが何千人もの旅行者惹きつけている。それにもかかわらず、ボルジャヴァ尾根が観光スポットとなるのは難しいという。

ユリヤ曰く、この場所は特殊であり、これまでに多くのプロジェクトが提案されてきたが、そのほとんどが実現されていないという。本気でそれに取り組もうとする人がまだ出てきていないか、この場所自身がそれを望んでいないかのどちらかだろうとユリヤは語る。

「ここはやはり野生的で、ここにしかない雰囲気があります。私はここでは客なのだと感じますし、一方で常にここの空間に注意を向けています。ここにいていいのか? ここで何かをしていいか? とこの空間に『尋ねた』ことがあります。その時は『良い』と感じました。その後、当時のその土地の所有者を探しました。」

一人の可愛げなユリヤは、彼女と同じ目標を共有する仲間たちとともに、集団化、プラスチックの普及、忘却、不信によって廃れていたカルパチアの紅茶の伝統を復興させようとしている。それも、新しい見た目、意味で、だ。山にある小さなティーショップは、遠く離れていて水と電気がなく絶え間ない厳しい気候の中で、暖かい場所で紅茶の伝統を披露するという夢をかなえており、それによって多くの観光客や地元の人たちのイメージを変えたのだ。

支援について

このプロジェクトは、ウクライナ・インスティテュートのサポートにより実現されました。

コンテンツ作成スタッフ

プロジェクト企画:

ボフダン・ロフヴィネンコ

企画:

マリチカ・クリロ・アレクセヴィチ

監督:

ミコーラ・ノソーク

ムービーカメラマン:

ドミトロ・オフリメンコ

映像編集:

ドミトロ・コシェヴィイ

フォトグラファー:

ヴァレンティン・クザン

セルヒー・ポレジャカ

トランスクライバー:

セルヒー・フゼンコウ

ドミトロ・チェルネンコ

翻訳:

藤田 勝利

校正:

平野高志