フォトダイジェスト

5月07日〜5月12日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.13

ロシア軍はフリホリー・スコヴォロダ国立博物館の建物を砲撃し、完全に破壊しました。米国のファーストレディであるジル・バイデンはウジュホロドを訪問し、オレーナ・ゼレンシカと一緒に避難した子供たちを訪れました。伝説的なロックバンドU2は、キーウの地下鉄の駅でウクライナ支援コンサートを実施しました。

5月01日〜5月06日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.12

オデーサでは、ロシアによるウクライナ侵略に関するウクライナ人写真家の作品の写真展が開かれました。葬儀の日、10歳の少年がロシア軍からイルピンを守って殺された父親の墓を訪れました。キーウの近くに残されたロシア軍車輛の残骸は、通りすがりの多くの人々にとって道端の目印になりつつあります。

4月25日〜4月30日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.11

ロシアによるウクライナ侵略の3ヶ月目が始まりました。ジャーナリストはすでに退避していることから、民間人によって時々撮影された破壊されたマリウポリの写真は真実の情報に関する数少ない情報源の1つです。占領者は、ハルキウの住宅地、特に深刻な被害を受けたサルティウカを砲撃し続けています。キーウでは、人々の友情のアーチの下にあるソヴィエト時代のモニュメントが解体されました。

4月19日〜4月24日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.10

リスボンでは、マリウポリを支援するために約300人が団結して集まりました。ロシア軍は、人々が絶えず亡くなっているハルキウの中心部と住宅地を砲撃し続けています。オーストラリア、米国、ドイツからの国際救助隊がウクライナに到着し、キーウ州の消防隊が瓦礫を解体して遺体を回収するのを支援しています。

4月19日から20日までのウクライナの写真

4月13日〜4月18日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.9

ヨーロッパ各国の大統領が次々とキーウを訪問し、ウクライナへの支援を表明しています。タリンでは、黒のビニール袋と赤の塗料を用いて、ウクライナの女性に対する暴力反対のデモが行われました。一方で、ロシアによる占領の被害を受けたウクライナの各地域には、日増しに人道支援物資が届けられています。

4月1日〜4月6日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.7

イルピン、ブチャ、ホストメリとキーウ州全域がロシア軍から解放されました。キーウ州解放の嬉しいニュースとともに、地域住民に対する暴力の規模に関する恐ろしいニュースも飛び込んできました。
敵が残したのは破壊された都市、多くの死者、人道に対する罪の痕跡です。

3月26日〜3月31日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.6

この週末で6発のミサイルがロシア軍によりリヴィウに発射されました。ワルシャワでは数千人もの人々が演劇劇場近くの広場へ横になり、ロシアによるウクライナへの侵攻により亡くなった人たちを追悼しました。子供たちは自分のペットを救い、避難のための電車に一緒に乗っています。ザポリッジャには、戦闘地域から逃げてきた車が来ていますが、それは銃撃により傷だらけとなっています。

3月20日〜3月25日 どのようにウクライナは占領に対抗しているかフォトダイジェストNo.5

ウクライナの西部で地域住民たちがカラシニコフAK-47の使用方法を学び、キーウのナイトクラブがシェルターとなっている間、ロシアの占領軍は首都で最大のショッピングセンターの1つを破壊し、ミコライウではロシアのロケットが墓地の真ん中に落ちたものの爆発せず、そしてマリウポリからは6日間で45,000人の人々が避難しています。また、彼らと一緒に最後の国際ジャーナリストが、自らの命を救うために、街を去りました。

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